12.21.2011

意図せざるもの







































パッションそれは受苦である。 受ける、受動するといった意味にも拡張される。


たしかにパッション屋良は、自らの痛みによって笑いとしての共感を生み出した。それは笑いの極限である。


パッションは受苦であるが、コンパッションは共感である。


共通感覚とは、その反省において他のすべての人々のこおとを顧慮する能力であり、他者の立場に自己を置く能力(カント)であってみれば、共感や共苦としての痛みや受苦の問題は、ほとんど共通感覚の問題と相接している。 と中村雄二郎は言う。


つまり体を張って笑いをとる、という捨て身のスタイルは決して虐待などではなく、受苦のシュミレーションもしくは受苦そのもののゴールデンタイムでの演劇として伝達する 創世以来の伝統芸なのである。


アホだね